茶道具 翔雲堂

商品No.0210上
赤絵香合
作品名:赤絵香合
作者:犬山焼 後藤陶逸
価格:10,000円
備考:木箱入

■赤絵(色絵)について
色絵は、各種の彩釉を使って上絵付けする手法で、
赤絵とも言うようです。

「有田に[色絵]はない。[赤絵]だ。」という主張があるみたいです。
絵付業者は「赤絵屋」、窯は「赤絵窯」、掘ってる場所は「赤絵町」
から来ているようです。

「赤絵」という単語の初出は『酒井田柿右衛門家文書』に
「赤絵初リ」
「1647年、喜三右衛門が[赤絵]を完成させ、はじめて長崎で売った。」
などとあるのがそうみたいです。

初代酒井田柿右衛門(喜三右衛門)の開発した「赤絵」が、
後の有田の後継技術となり、本来「色絵」の一種である「赤絵」が、
次第に「色絵」の同義語として用いられるようになったとする説もあるようです。

最近の発掘調査によると、
喜三右衛門が「赤絵」をはじめた窯は、楠木谷窯跡(泉山)の可能性が高いことや、
上絵付けの技術が1種類ではなく、
3カ所の窯場(岩谷川内山・黒牟田山・年木山)で別々に誕生したことなどが、
わかってきたようです。

喜三右衛門の「赤絵」以前に、
楠木谷窯跡では、すでに別の種類の上絵付け磁器が焼かれていたようで、
多くは緑や紫、黄色など寒色系の絵具を多用し、
文様がびっしりと描かれたものだったみたいです。

ちなみに喜三右衛門の「赤絵」は、
乳白色に近い素地に暖色系の絵具を多用し、
余白を活かした構図が特徴的なのだとか。

『酒井田柿右衛門家文書』に
「赤絵者之儀、釜焼其外之者共、
世上くわっと仕候得共、
某手前ニ而出来立申色絵ニ無御座云々。」
とあるようです。

この文章から、喜三右衛門の「赤絵」が、
当時の複数の上絵付けの技術の中で、
後の有田へと伝承される主たる後継技術となった、
ということがわかるのだとか。


■犬山焼とは
犬山焼は、江戸時代の初めごろ、
犬山市東部の今井に窯を築いたのが始まりのようです。

その後、80年ほどで廃窯し、それから20年ほど経ってから、
犬山市北部の丸山に窯を築いたみたいです。

近世犬山焼は京都や瀬戸・名古屋などから、
陶工・画工(職人)を招いて、
「赤絵」を描くようになったのだとか。

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