茶道具 翔雲堂


ひと口知識

※内容に間違いがあるかもしれませが、ご了承ください。
また、ここの文章に関しては、質問等は受け付けていません。ごめんなさい。

暖簾ってこんなの

暖簾(のれん/のうれん)は、
古くは宋・元音の「なんれん」「なふれん」を借用した
「のんれん」が転訛したものといわれるそうです。

暑い季節には日光を遮り、逆に寒期には風や埃を蔽り、
また人目をも遮断する役目をしたみたいです。

戸口に掛けられものの素材は、
最初、筵(むしろ)だったようです。
暖簾の古語に「垂蒸(たれむし)」というのがあるようで、
「垂れ筵」から来たのだとする説もあるとか。

暖簾の横巾は三布(みの)が多いようで、
五・七布等の縁起をかついだ奇数の布の枚数が選ばれるとか。

暖簾の一布(ひとぬの)の巾は約34cmで、
布丈5分の1〜3分の1の上部を縫い合わせ、
下部は垂れとし上端に乳(ち)という輪状の別の布をつけ、
そこに竹竿を通すそうです。


■暖簾の歴史
暖簾という言葉が最初に出てくるのは、
平安時代末期の資料みたいです。

保延年間(1135年〜1140年)作『信貴山縁起絵巻』に
今日の三垂れの半暖簾と、
まったく同様のものが掛けられた町屋の庶民の家が、
描かれているのだとか。

保元年間(1156年〜1159年)作『年中行事絵巻』に
通りに面した庶民の長屋の出入口に、
三垂れの半暖簾・長暖簾が掛けられているようです。

治承年間(1177年〜1181年)作『粉河寺縁起絵』には、
民家の出入口に、すでに藍染めの色布を、
廊下口に掛けたものが登場するとか。

これらの資料から、この時代には、
すでに庶民の間に暖簾が広まっていたことがわかるみたいです。

鎌倉時代になると、商家の目印が暖簾(しるし暖簾)に入ってくるようです。
色彩・文字・文様が多様になることで、
屋号が定着してゆく先駆けになったみたいです。
これが、看板の役目をはたして行くようです。

室町時代には、「暖簾を守る」「暖簾に傷がつく」「暖簾にかかわる」
といった言葉が生まれてきたようで、
自分の職業内容の表現として、暖簾を見るようになったみたいです。

室町時代作『鏡破翁絵詞』には、
笹・橘・宝珠・壷・二引両等を染抜いた暖簾を掲げているのが見られるみたいで、
かなりの技術を擁する暖簾が作られていることがわかるのだとか。


■暖簾の種類

以下に、暖簾の種類を簡単にまとめてみようと思います。
種類備考
暖簾(標準のもの)丈が、鯨尺で三尺(約113cm)のもの。
長暖簾標準の暖簾より丈が長いもの。
半暖簾標準の暖簾より丈が短いもの。
しるし暖簾暖簾に商家の目印が入ったもの。
水引き暖簾標準の暖簾より丈が短く、店の間口いっぱいの巾の広いもの。
日除け暖簾
(太鼓暖簾)
切り込みのない立て長の、
大風呂敷のような一枚物の上下に乳(ち)をつけ、
軒下から道路にせり出し、
下端に重しをつけて張った暖簾。
江戸時代(寛永3年〜)、この暖簾を出すために、
奉行所の許可を必要とした。
絵暖簾家紋や文字に代えて、
華やかに絵模様を染めた長暖簾。
縄暖簾縄をいく筋も垂らして、簾(すだれ)としたもの。
布による暖簾よりこちらが先とも考えられている。
素材はカラムシ(イラクサ)。
現在、居酒屋の代名詞になっているのは、
天保年間(1830年〜1844年)頃の煮売り居酒屋の縄暖簾が、
何故か、蝿除けになったからといわれている。
珠暖簾ビーズ玉・ガラス玉・木玉等にヒモを通したもの。
古くは珠だれと言った。
管暖簾篠竹・木管・ガラス管、まれに具殻を使ったもの。
その他帆暖簾・潜り暖簾・座敷暖簾・
鯨暖簾・花嫁暖簾・花暖簾などがある。

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