茶道具 翔雲堂


ひと口知識

※内容に間違いがあるかもしれませが、ご了承ください。
また、ここの文章に関しては、質問等は受け付けていません。ごめんなさい。


なお、一部の作品、販売しています。

喰籠(食籠・食篭)ってこんなの

喰籠は、元々、食物をいれる蓋付きの身の深い容器のことで、
茶人に好まれたことにより、茶席でおもに主菓子を盛り込む菓子器として用いられたとか。
素材も最初、漆器だったけど、陶磁器も用いられるようになったそうです。

江戸時代の類書、喜多村節信著『嬉遊笑覧』には、
「食籠は、東山殿御飾記、君台観左右帳記、仙伝抄に棚にかざれる図あり」
と書かれているようです。

ちなみに相阿弥著『東山殿御飾記(ひがしやまどのおかざりしょ)』は、1523年に
将軍足利義種のために作制された座敷飾りの書。

『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』は、室町中期の座敷飾りに関する秘伝書。
『仙伝抄』は、初期のいけばな伝書で、作者・年代は不詳だそうです。
一応、1536年に池坊専慈が相伝したことになっているようです。

『茶道筌蹄』に
「食籠。八角 丸 元伯このみ、一閑張、二つとも内朱外黒、八角はかけごあり。
朱三重 一閑張、琉球物写し、外朱内黒、鏡青漆、面黄うるしなり。
網 原叟このみ、網の絵の椀にそふ。青貝 堆朱 何れも唐物」
とあるそうです。

菓子器全般のページもあります。
読み:こうちこまじきろう
作品名:交趾独楽喰籠
作者:平安大示
備考:即中斎好

交趾独楽喰籠
※画像を押すと拡大できます。
交趾焼は、中国南部で生産された陶磁器の一種で、
名称はベトナムのコーチシナ(交趾支那)との貿易で、
交趾船によりもたらされたことに由来するそうです。
総じて黄・紫・緑・青・白などの細かい貫入の入る
釉薬のかかった焼き物の事を指すようです。

手塚大示(平安大示:二代目桃山窯)は、
昭和12年初代玉堂の三男として生まれたそうです。
父の下で陶芸の研究に入り、昭和42年桃山窯を継承。
昭和47年三越にて桃山窯展を開いたりして、その後個展を重ねるようです。
昭和52年伝工士を受けたとか。
青磁・仁清・乾山風・金禰手・交趾等制作しているみたいです。



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