「色紙画賛(東籬佳秋色) 西垣大道作」について

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色紙画賛(東籬佳秋色)



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今日は、気分を変えて、色紙画賛(東籬佳秋色)の説明をしようかと思います。

「東籬佳秋色(とうりしゅうしょくよし)」とは、
東の籬(まがき)を見ると秋色が美しい、
という意味だそうです。

これは、陶淵明著『飲酒二十首 其五』に
 盧を結びて人境にあり 而も車馬の喧(かまびす)しきなし
 君に問う何ぞ能く爾(しか)るやと 心遠ければ地も自ずから偏なり
 菊を採る東籬の下 悠然として南山を見る
 山気に日夕(にっせき)に佳し 飛鳥相い与(とも)に還る
 此の中に真意あり 辨全と欲して已に言を忘る
から取られたもののようです。

禅語としては、
「采菊東籬下 悠然見南山
 (菊を採る東籬の下 悠然として南山を見る)」
の部分が、それにあたるみたいです。

「東籬佳秋色」というのは、その後の、
「山氣日夕佳 飛鳥相與還
 (山気に日夕に佳し 飛鳥相い与に還る)」
も含めた情景と心境をとらえた語みたいです。

■東籬佳秋色
「秋の日」というのは、俳句では、
秋の太陽や日差しを指していう場合が多いそうです。

夏がすぎ、心地よくなったある秋の日の朝、
東の生垣を見ると、日の出が望めるという風景は、
一瞬、何かを悟った気になれるのかもしれません。

これを、深山幽谷・静寂の地に求めるのではなく、
現在の都会の喧騒に、この心境を持ってこそ、
この語(東籬佳秋色)の意義があるようです。

さて「山気に日夕(にっせき)に佳し 飛鳥相い与(とも)に還る」の部分は、
「山の光景は夕方が特に素晴らしい。
 鳥たちが連れ立って山の巣に帰っていく。」という意味だそうです。

清少納言著『枕草子』に
「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、
 烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。」
とあります。

あくまで想像ですが、
『飲酒二十首』が書かれたのが5世紀、『枕草子』は10世紀なので、
清少納言が、陶淵明の有名な詩「山気に日夕(にっせき)に佳し」に
「秋」をプラスしたのかもしれません。


色紙

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「色紙画賛(山是山水是水)」について

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色紙画賛(山是山水是水)


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「やまこれやま、みずこれみず」と読みます。

悟りに至らないときは山は山、
水は水にしか見えない。

悟ると、一切が無差別平等となり、
山は山でなく、水も水でなくなってしまう。

ところが、さらに修行が深まって、
悟りの心さえも消え去ってしまうと、
山が山として水が水として新鮮に蘇ってくるとする。

といった意味だそうです。

「色紙」について

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色紙(清風払明月)


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色紙は、古くから短冊と同様に書道作品に用いられ、
絵画作品にも多く用いられたそうです。

書画用の色紙は正方形に近い形の厚紙でできていて、
金縁が施され、片面には金粉や銀粉などを、
散りばめられているものも多いとか。

なお、色紙は本来は金粉や銀粉などが、
散りばめられているほうが表面であるが、
書画やサインなどは謙遜の意味で、
あえて裏面の白いほうが用いられるといわれているそうです。

色紙という名前は、元来、染色した紙のことをいったようです。

詩歌などを書く料紙としては、
屏風や障子などに詩歌などを書き入れるために染色した紙を押し、
これを色紙形と呼んだことに由来するのだとか。