「柄杓」について

Category: 柄杓


柄杓



茶道に用いる柄杓は竹製のみだそうです。

柄杓の名前は、水をすくうための瓢箪を指す
「ひさこ(ひさご)」が「ひさく」になり、
「ひしゃく」に転じたもので、
「柄杓」は当て字だそうです。

■柄杓の形
柄杓の形には、以下のようなものがあるそうです。

○合に柄を取り付けた部分
 月形(つきがた):月形になっているもの。
 指通(さしとうし):
   柄が合の中まで突き通しになっているもの。

○切止の部分
 風炉用:身の方を斜めに削いである。
 炉用:皮目の方を斜めに削いである。

○合の部分
 風炉用:合が小さい。
 炉用:合が大きい。

■柄杓のサイズ
現在、点前で使用されている柄杓は、
以下の大きさのようです。

○風炉の柄杓
 合径:一寸七分半~一寸八分半
 柄の節上:五寸八分
 柄の節下:五分五分

○炉の柄杓
 合径:一寸九分~二寸
 柄の節上:五寸七分
 柄の節下:五寸五分

○差通の柄杓
 合径:一寸八分~一寸八分半
 柄の節上:五寸八分
 柄の節下:五寸五分


柄杓

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「茶杓の形」について

Category: 茶杓

茶杓の形状としては、
点前の「真」「行」「草」で節の位置が変わる
「無節」「元節」「中節」などの他に、
以下のような区別があるようです。

櫂先:「丸形」「一文字形」「剣先形」
   「兜巾形」「平丸形」「葉形」「宝珠形」
撓め:「丸撓め」「一重撓め(折り撓め)」「二重撓め(二段撓め)」
腰形:「蟻腰(ありこし)」「直腰(すぐこし)」
樋 :「本樋」「逆樋」
切止:「一方切」「半切」「直角切」「六四止め(六四切)」
   「七三止め」「五五止め」「角止め」

また、茶杓は、製作年代により、
ある程度、共通の定型があるそうです。
①村田珠光~利休前
 茶杓は漆を拭いている。
 筒は全部、皮を剥いだ真筒である。
 無節・止節である。
②利休~少庵・道安頃
 茶杓は漆を拭いている。
 節を高くしている。
 茶杓の裏を削っている。
③宗旦・遠州~
 茶杓は木地のまま。
 宗旦は侘茶杓。
 遠州は美術的な茶杓。
④原叟宗左~現在
 商業目的の茶杓が目立つようになる。
 →誰にでもわかる銘、奇抜なデザインなど。


茶杓

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「茶花」について

Category: 茶花

利休七則には「花は野にあるやうに」とありますが、
武野紹鴎の時代には、炉の花として既に茶室にあったそうです。

直松斎春渓著『分類草人木』には寒菊、
山田宗偏著『茶道便蒙抄』には、
花の禁好・季節の花・菊などの、
記述があるみたいです。

禁花としては、
「香りが強い・悪い花」
「棘が多い花」
「名前が悪い・分からない花」
「強い赤色が炎・火災を連想させる花」
「季節感がない花」
「主張が強すぎる花」
「水揚げが良く、何日も日持ちする花」
が挙げられるようです。

立花実山著『南方録』に、
花入に生けない花の名前を詠んだ狂歌があるそうです。

「花入に 入ざる花はちんちやうげ
  みやましきみに けいとうの花」

「女郎花 ざくろ かうほね 金銭花 
  せんれい花をも 嫌なりけり」

また、古田織部の伝書にもあって
「夏は昼の会には是非に生花を生け」
とか
「花入大なるには花多生候」
とかあるようです。


茶花

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長次郎新選七種茶碗「風折(かざおれ)」

Category: 茶碗


長次郎写風折



長次郎新選七種茶碗は、
金森得水(紀州藩領伊勢田丸城家老)が、
長次郎七種(利休七種)にならい選定したものだとか。

「風折」とは、茶碗の姿が風折烏帽子(かざおりえぼし)と、
似ていることによる銘なんだとか。
内箱蓋表に元伯宗旦による書付「長二郎、かさ折」とあるそうです。

「風折」は、比較的厚手の穏やかな起伏をもたせた丸い口造りで、
胴に一か所大きな窪みを付けた作行に特色が見られるようです。

底部は平たく腰を張った姿で、
高台は大振りで、低く平らな畳付きを持ち、
高台内には兜巾を付けず浅く削り込まれているそうです。

見込みは、懐広く、黒釉はカセているが一様に溶け、
腰から底部にかけて、茶褐色の窯変が、
まだらな釉調を見せているのだとか。

利休 から 宗旦 に伝わり、高弟の山田宗偏に贈られたそうです。
現在、静嘉堂文庫蔵のようです。

茶碗

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利休七種茶碗「早船(はやふね)」

Category: 茶碗


長次郎写早船


利休 が大阪で茶会を催す際、京都から、
わざわざ早船で運ばせてまでして取り寄せたことから、
この名がついたようです。

細川幽斎 や 古田重然 らが所望したのですが、
利休 の死後、結局は 蒲生氏郷 の手に渡ったとのこと。

本歌は継ぎが入っていて、
富士山みたいな釉薬の景色が入っているそうです。

ちなみに本歌とは、
茶道具や茶室などで同形同系統の、
起源または基準となる作品のことだとか。

畠山記念館蔵みたいです。


茶碗

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