1月 07, 2014
風炉は、鎌倉初期に南浦紹明が、
仏具である台子などと共に中国から持ち帰ったとのこと。
以来、 村田珠光 が四畳半に初めて炉を切り、
武野紹鴎 ・ 千利休 が炉の点前を定めるまでは、
茶の湯は四季を問わず風炉を用いていたそうです。

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1月 07, 2014
茶道で主に用いられたのは、中国宋から明頃につくられたもののようです。
室町初期には座敷飾りに用いられるようになり、
室町時代には花生の主役となったみたいです。
桃山時代になると国焼や竹花入が生まれ、やがて花入の主流になっていき、
古銅花入はあまり用いられなくなっていくそうです。

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1月 07, 2014
「熨斗」は延寿に通じ、アワビは長寿をもたらす食べ物とされたため、
古来より縁起物とされ、神饌として用いられてきたようです。
中世の武家社会においても武運長久に通じるとされ、
陣中見舞なども用いられたみたいです。
江戸時代には、不老長寿の象徴として、祝事や慶事の儀式に
使われるようになるそうです。

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1月 07, 2014
「結び」という言葉で表現される技術は、石器時代には存在していたそうです。
飛鳥時代頃までには、首飾りや刀剣の飾り、服飾用として、
装飾用の結びが出てくるようです。
奈良時代、仏教文化と共に中国から「染と織」の技術が到来すると、
飛躍的に「結び」がレベルアップするみたいです。
平安時代には、「花結び」が生まれるみたいです。
鎌倉時代は、武具に「総角(あげまき)結び」が見られるようになるそうです。
室町時代~安土・桃山時代、茶道の大成と共に、
茶の作法の一つとして「結び」が定められるようです。
戦国時代後の、花鳥風月を模した結びなどがあるそうです。
江戸時代には、庶民の服装にも「結び」が浸透するようです。

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1月 07, 2014
茶壺の語の初出は中原師守著『師守記』に、
1340年の正月三日条に葉茶を引出物としたとあるとか。
中世の日本、釉薬のかかった壺は輸入品しかなく、
フィリピンのルソン経由でもたらされたものを「呂宋(るそん)」と呼んで、
茶壺の中でも重要視したみたいです。
六代将軍の足利義教は茶壺に「注連の縄」という銘までつけたようです。

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